技術力が命、世界スタンダードに

パイオニア精神脈々と受け継ぐ

化学工業日報(2018年7月30日号)に掲載されました

日本が誇る化学製品(高機能編)

 「チャレンジ精神」と「先見性」。日本触媒の原動力ともいえるその企業文化は、酸化触媒の開発者で2代目社長の八谷泰造(やたがいたいぞう)氏の精神を脈々と受け継ぎながら育まれてきた。「将来の会社の発展を支える主柱は独自の技術の確立以外にない」という八谷の確信の下、得意の触媒気相酸化技術を核に、無水フタル酸、無水マレイン酸、酸化エチレン、アクリル酸を開発。その後は高吸水性樹脂など次々に新技術、新規事業の確立にチャレンジしてきた。

日本触媒のアクリル・チェーン

 特筆されるのは、日本触媒が開発した数々の技術が、その優位性で世界を驚かせ、グローバルスタンダードを獲得してきたことだ。とくにアクリル酸と、その誘導品群である高吸水性樹脂(SAP)、アクリル酸エステル、特殊アクリルポリマーなどからなるアクリルチェーンは、技術的にも生産能力の面でも世界のリーダーの地位にある。


 例えば世界初となったプロピレンの直接酸化によるアクリル酸製造技術は、一時は世界のアクリル酸設備の7割に採用され、現在でも5割近いシェアを持っている。また、紙おむつの世界的な普及に貢献しているポリアクリル酸ナトリウム系の高吸水性樹脂も、パイオニア企業として世界トップの供給力を持つ。


 こうして同社のコア事業となったアクリルチェーンは、世界需要の高い成長が続くなかでグローバルな成長戦略を突き進んできた。相次ぐ拡大投資にもかかわらず「常にフル稼働」を続けてきたアクリル酸とSAPの絶妙なバランス、そしてその強みをフルに生かした誘導品群の歴史は、研究開発型ベンチャー企業の精神を忘れぬ化学企業の成長の軌跡と形容できよう。

アクリル酸

強さの源泉
各メーカー、こぞって技術導入

アクリル営業部長

藤田 寿一 氏

AA触媒営業部長

中西 昭雅 氏

 石油化学が日本に産声を上げたばかりの1959年、日本触媒は川崎地区のコンビナートに酸化エチレン(EO)およびエチレングリコール(EG)の新設備を立ち上げ、新たな歴史をスタートさせた。無水フタル酸、無水マレイン酸などで発展の基礎を築いた同社は戦後、来るべき石油化学の時代に備えた研究開発に着手していた。こうして日本初の石化コンビナート建設に合わせ、第1弾としてエチレンの酸化によるEOおよびEG事業の企業化に打って出た。


 「そのわずか1年後の60年、今度はプロピレンの酸化技術の開発に着手した」(藤田寿一アクリル営業部長)。ナフタリンの酸化による無水フタル酸、ベンゼンの酸化による無水マレイン酸、エチレンの酸化によるEOに続き、プロピレンの酸化反応に挑んだ。「酸化触媒が当時、すべてのコア技術であり、そこに集中してライブラリーを作り上げていった」(同)。プロピレン酸化の当初の狙いは、酸化プロピレン(PO)の企業化だった。しかし、開発の過程で「プロピレンを酸化してアクロレインとし、さらに酸化してアクリル酸を得る技術に的を絞った」(同)。


 それまでアクリル酸を大量生産する技術は世界になかった。また、プロピレンの酸化によるアクリル酸製造技術の情報がほとんどないなかで、日本触媒はアクロレインの酸化でアクリル酸を得る触媒の開発を皮切りに、アクリル酸の精製やエステル化技術の開発を基礎から作り上げていった。「こうして開発に着手してから8年越しに企業化を決め、姫路においてアクリル酸、アクリル酸エステルの商業設備建設に着手した」(中西昭雅AA触媒営業部長)。


 アクリル酸の年産1万トン設備が完成したのは、大阪万博の開幕から3日後の70年3月17日。それは、世界初のアクリル酸の大量生産技術の誕生を意味していた。同設備が完成すると、その優位性が認識され、世界の大手化学企業から生産プロセスのライセンスの申し出が殺到。72年には技術輸出を開始した。「ドイツの超大手企業を除くすべてのメーカーが当社の技術を導入した」(同)。川下のアクリル酸エステルを含めたアクリルチェーンの技術輸出は日本触媒の収益の支えともなった。


 その後も触媒および製造プロセスのバージョンアップを図りながらアクリル酸の新系列の建設を続け、生産能力の拡大を進めた。とくに、85年に建設した第3系列からは、新たな製造プロセスを採用した。それまでは、プロピレンからアクロレインを生産する工程と、アクロレインからアクリル酸を生産する工程でそれぞれ専用の反応器を持つ「タンデムリアクター」方式を採用していた。触媒の性能向上により、2つの工程を1つの反応器で完結する「シングルリアクター」を新たに完成し、競争優位性を一段と高めた。こうして姫路のアクリル酸生産能力は、90年に年産15万トン、95年に同21万トンに拡大。間もなく幕開けする海外でのプラント建設時代の基礎を固めた。

用語解説
アクリル酸/アクリル酸エステル

 プロピレンを空気酸化しアクロレインを経て製造するアクリル酸は、高吸水性樹脂(SAP)、アクリル酸エステル、ポリアクリル酸などの原料。このうちアクリル酸エステルは、アクリル酸と各種アルコールを原料とするエステルの総称で、エタノールを原料とするアクリル酸エチル(EA)、メタノールを原料とするアクリル酸メチル(MA)、ブタノールを原料とするアクリル酸ブチル(BA)、2−エチルヘキサノールを原料とするアクリル酸2−エチルヘキシル(HA)の4エステルが代表製品。アクリル系の繊維、合成樹脂、塗料、接着剤などの原料となる。

SAP

将来性見抜く
生産能力71万トン、印・中東も視野

執行役員 吸水性樹脂事業部長

野田 和宏 氏

姫路製造所のアクリル酸プラント

 日本触媒のコアビジネスである高吸水性樹脂(SAP)は、原料のアクリル酸とともに同社のアクリルチェーン全体の成長の原動力の役割を果たしている。「新増設計画を検討していない年はない」と語る野田和宏・執行役員吸水性樹脂事業部長は、SAPのグローバルな新増設計画作りに日々奔走している。紙おむつなどに使用されるSAPの世界需要は2018年で約290万トン。年率5〜7%で成長を続けているため、「毎年、年産15万トン程度の設備を誰かが建設しなければ需要に追いつかない」(野田事業部長)からだ。


 70年に原料のアクリル酸を企業化した日本触媒は、その誘導品の開発を推し進めた。「当時、アクリル酸エステルはまだ炭素数の高い高級エステルの需要がなく、(低級エステルの)メチルエステルがカーペットなどのアクリル織物向けやなめし皮に伸びている程度だった」(同)。70年代を通じて有望な誘導品を模索した日本触媒は、試行錯誤のなかでアクリル酸系ポリマーの開発を進めた。72年には低分子タイプのポリアクリル酸系樹脂・アクアリックL、その後、高分子タイプのアクアリックHを開発、水溶性ポリマーとして洗剤原料、水処理用などとして用途を開拓した。「これが高吸水性樹脂の開発につながることになる」(同)。


 ポリアクリル酸ナトリウムは親水性の高いポリマーで、その分子を架橋すると吸水性を示した。これを見いだした日本触媒の研究陣は、紙おむつ向けのSAPとしての将来性を見抜き、高い吸水性と紙おむつ向けに適した性能を持つ樹脂にするための技術改良を進めた。この結果、「表面架橋技術と画期的な重合技術の開発に成功」(同)、83年には姫路製造所に年産1000トンのSAP製造設備を完成させた。

日本触媒のアクリル酸/SAP拠点

アクリル酸 SAP
日本 540 370
米国 60 60
ベルギー
〃 (2018年完成)

100
60
100
中国 30
シンガポール 40
インドネシア 140 90
合計 880 710

(1,000 t/y)

 吸水性を持つ樹脂は、すでに女性用の生理用品などに使用されていたが、「採用されていた樹脂は、でんぷん系、セルロース系、ポリアクリル酸系、ポバール系などさまざまだった」(同)。こうしたなかで、日本触媒が開発したポリアクリル酸ナトリウム系のSAPは、紙おむつ用として急成長していくことになる。


 その背景として、日本触媒の技術優位性や原料アクリル酸を持つコスト優位性、さらには紙おむつが世界的な普及期にあったことなどが挙げられる。とくに「ある衛生・家庭用品の大手グローバルメーカーとの出会い」(同)が、日本触媒のSAPを紙おむつ向けのグローバル・スタンダード化を牽引した。


 SAPは通常の水なら自重の100〜1000倍の吸水力を持つ。ただし、大量の尿を効率良く吸収し、人の体重がかかっても保持し続けるなどの性能が必要な紙おむつ向けのSAPはハードルが高かった。「吸水倍率、吸水スピード、重量に耐える樹脂の強度のほか、液を一カ所でなく拡散して吸収する性能などのバランスが重要であった」(同)。


 そうしたなかで出会った大手需要家は、日本触媒のSAPの圧倒的な性能を認め、大量供給の契約を求めてきた。このため日本触媒は、「当時、世界需要は数千トン程度だったが、姫路に年産1万トン設備を建設し、さらに同設備を間もなく3万トンまで増設した」(同)。


 その後日本触媒は、世界的な紙おむつ需要の拡大を背景に、姫路でアクリル酸およびSAPの段階的な能力増強を推進する一方で、海外拠点の設置にも邁進していく。欧米では、88年に米国に初の海外拠点(現ニッポンショクバイ・アメリカ・インダストリース)を設立、99年にはベルギーにニッポンショクバイ・ヨーロッパを設立した。また、アジアでは96年にインドネシア、98年にシンガポール、03年に中国に進出した。このうちベルギーでは今年、アクリル酸およびSAPでそれぞれ年産10万トンの新設備を完成させる。これによりSAPの生産能力は世界合計で年産71万トンとなり、名実ともに世界トップとなる。


 先進国から新興国へと広がった紙おむつの世界需要は今後さらに拡大していく。これと連動して拡大するSAPの需要に対応するため、日本触媒は今後もグローバル展開を推進していく方針だ。「原料のプロピレンやアクリル酸の確保が条件となるが、その国、地域の需要が伸びて、プラントを建設する市場規模に達したら建てていく。インド、中東・アフリカなどの地域も視野に入れている」(同)。

用語解説
ポリアクリル酸ナトリウム/高吸水性樹脂(SAP)

SAPの吸水状況

 アクリル酸をカ性ソーダで中和し重合して得るポリアクリル酸ナトリウム(ソーダ)は、親水性のカルボキシル基を多数持つ水溶性のポリマーで、洗剤原料、顔料分散剤、繊維処理剤、水処理剤、医薬添加剤、食品添加物などに利用される。さらにポリアクリル酸ナトリウムを架橋して網目構造を持たせたものが高吸水性樹脂(SAP)で、内部に水分子を取り込んでゲル化することで多量の水を吸収・保持する。紙おむつ向けのほか保冷剤、生理用品、止水剤などに使用される。

SAP一本足から脱却へ

SAP一本足から脱却へ
UV・EB硬化材など育成

「AOMA」は曲面基材のコーティングにも期待できる

 SAP需要が世界的に成長する一方で、新規参入企業の増加などを背景に、事業を取り巻く環境は厳しさを増している。「中国、韓国、台湾などアジア諸国でSAPメーカーの新規参入が続き、競争が激化しており、以前のようなスプレッドは確保できない」(野田事業部長)。このため日本触媒は、SAPサバイバル・プロジェクトと呼ぶコスト削減のための革新に取り組んでいる。「20年までに製造コスト、生産効率双方のレベルを上げ、1キログラム当たり最低でも2ケタ円の削減を進める。すでに全体で億円単位の削減ができており、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)といった情報技術も駆使してさらに加速する」(同)。


 一方で、アクリルチェーンの川下では、原料からの一貫体制の強みを生かし、同社のDNAともいえる「研究開発力」を存分に生かし幅広く展開している。SAPと並ぶアクリル酸の主力誘導品であるアクリル酸エステルは世界需要が年率5%前後で成長しており、「世界の中産階級の増加を背景に、今後も塗料、粘・接着剤向けを中心に成長が続くだろう」(同)。


 さらに「SAP一本足打法からの脱却」をスローガンに、新たなコア事業の開発・育成も推進していく。もともとアクリル酸特殊エステル、水溶性ポリマー「アクアクリックL/H」、水系塗料用架橋材「エポクロス」といったユニークな製品群を展開するほか、UV(紫外線)/EB(電子線)硬化用途の異種重合性の機能性モノマー「VEEA」、新規光学材料「アクリビュア」などを展開。17年に子会社化した米国技術ベンチャー、シラス社のメチレンマロネート類(メチレンマロン酸エステル)や、環化重合性モノマー「AOMA」といった次代を担うと期待される新製品も続々とラインアップに加え、コア事業としての総合力を一段と高めている。


 こうしたなか、世界オンリーワン製品であるVEEAと機能性ポリマーエポクロスに、オンリーワン製品を原料とする「エポミン」を加えた3つの製品は、19年度にかけて設備投資を計画。生産能力をそれぞれ2〜3倍に拡大することで、合わせて売上高100億円を狙っている。また、メチレンマロネート類は優れた低温反応性をはじめ特異な機能を兼ね備えており、塗料や粘接着剤向けに拡販する考えで、18年度中にも設備投資の意思決定を下す方針。

会社名
株式会社 日本触媒(NIPPON SHOKUBAI CO., LTD.)
創業
1941年(昭和16年)8月21日
資本金
25,038百万円 東証一部上場 (2018年3月末)
売上高
322,801百万円(連結) 226,887百万円(単独) (2017年度)
従業員数
4,219名(連結) 2,253名(単独)(2018年3月末)

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