電池業界の常識を覆せ 「亜鉛電池用材料開発プロジェクト」

常識を覆す技術革新の多くは、研究開発に関わる一人ひとりの地道な取り組みと、多くの部署の連携によって生まれるものである。日本触媒では現在、技術革新を目指し大小様々なプロジェクトが動いているが、ここでは「亜鉛は蓄電池に使えない」という電池業界の常識に挑む個々人の奮闘の道のりと、プロジェクトの足跡をたどりながら、一つの独創的な発想から新たな市場を切り拓く過程をご紹介したい。

亜鉛を使った蓄電池の実現を目指して。不可能への挑戦

【図1】デンドライト発生のメカニズム

近年、より高性能な蓄電池に対する需要が急速に高まってきている。その背景にはモバイル機器の小型・軽量化、ハイブリッド車や電気自動車の登場、太陽光などの再生可能エネルギーの普及などがある。

蓄電池といえば負極にリチウムや鉛を使ったものが今の主流だが、リチウムを用いた蓄電池は製造コストが高い上に、電解液に有機溶剤を使うため発熱・発火の危険性がある。一方の鉛蓄電池は低コストではあるが、毒性を持つため廃棄時の処理が難しいという問題点があった。

そんな中、かねてから電池業界内で密かに注目されていたのが亜鉛である。既に乾電池やボタン電池ではメジャーな材料である亜鉛は、電解液に水を使えるため安全性に優れ、出力できる電圧と重量当たりの電力量が高く、しかも安価で入手しやすい。まさに材料としては良いことづくめであるが、ただ一つ致命的な弱点があった。負極側の亜鉛が充電時の電気化学反応によって、正極と負極を隔離するセパレータの貫通孔を通じて針状の結晶(デンドライト)を生成し、ショートを引き起こすのである(図1)。その結果わずか100回程の充放電で電池の寿命が尽きるため、「亜鉛は使い捨ての乾電池には使えても、蓄電池には使えない」というのが、電池業界では長年の常識となっていた。

そうした中、電池用材料の分野に参入してまだ歴史の浅い日本触媒は、常識にとらわれない発想により、「長年の触媒研究で培った知見を活かし、亜鉛の問題点克服にチャレンジしよう」との気運が高まった。

そして2011年秋、「充放電できる亜鉛電池」の実用化へ向けて、市場探索と開発が正式にスタートしたのである。

苦境での創意工夫から生まれた画期的なブレークスルー

【図2】イオン伝導性フィルムの構造

亜鉛が抱える問題点をクリアするため、最初に取り組んだのは「ショートしない(=寿命の長い)亜鉛電極」の開発だった。半導体のエキスパートとして2012年に入社し10月よりプロジェクトに参画、後にチームリーダーを務める研究センターの小川賢は、開発当初の経緯について次のように語ってくれた。

「『亜鉛電池を充放電できるようにする』というテーマは明確ですが、何から手を付ければいいかが分からない。そこで、まずは亜鉛電極の性能を評価するための模擬的な電池の試作に取り組みました。組み立てに際し正極と負極を隔離するセパレータが必要になったのですが、セパレータは各電池メーカーと機密保持契約を結んだ限られた業者が専用仕様で作製しているため、簡単には手に入らないと分かったのです」

セパレータがなければ電池が試作できず、開発した亜鉛電極の評価ができない。小川をはじめとする若き研究者たちは、何とか自前でセパレータを開発しようと創意工夫を重ねた。そしてこの苦労は、思いがけない形で実を結ぶことになる。

「いろいろ試行錯誤した過程で、手持ちの不織布とある特殊な材料を重ねて、セパレータとして使用することを考えついたんです。この材料は電池反応に必要なイオンは通しながらも、物理的な貫通孔が存在しないため亜鉛の結晶生成が抑えられ、電池の寿命が伸びることが分かりました。それがイオン伝導性フィルムです(図2)」

実験室段階ながらも、この独自性の高いイオン伝導性フィルムを開発したことで、亜鉛電極の開発に加え、セパレータ開発からのアプローチによっても電池の長寿命化が図れると判明。当面は両方並行して開発を進めることになった。2013年3月のことであった。

イオン伝導性フィルムの先行事業化へ向け、
大きく舵を切ることを決断

さて小川よりも早くこのテーマのスタート時から開発担当として参画しているのが、開発部の山下毅(1999年入社)である。主な役割は市場開拓であり、当初は亜鉛を使った蓄電池の用途や市場性について、大学や電池メーカーからヒアリングと調査を行い、既存の電池との比較などを行いながらその特徴を明確化することに力を注いでいた。
そして2013年3月以降、イオン伝導性フィルムの基本コンセプトができあがったことで、対外的に本格的な市場開発業務を進めていくことになる。

「セパレータ開発からのアプローチも並行して進めるとはいえ、もともとは亜鉛電極の開発がメインだったため、市場開発においてもセパレータ(イオン伝導性フィルム)と亜鉛電極を一体型にした形での需要調査活動に主眼を置いていました」

しかし2014年2月、市場ニーズ探索のため思い切って出展した「第5回国際二次電池展」での反響が、その後の開発の方向性を大きく変えることになった。

「充放電可能な亜鉛電池に対し、非常に多くの電池メーカー様が興味を持ってくださいました。そして会場内でヒアリングと調査を重ねた結果、電極との一体型ではなくセパレータ(イオン伝導性フィルム)のみであれば、既存設備で生産ラインを立ち上げることができるというユーザーの声があり、その声に柔軟に応えることで早期事業化につながるという手応えを感じたのです」

出展後は山下のユーザー訪問に小川も同行。電池を造る側との議論を通じて情報収集を重ねるごとに、二人はイオン伝導性フィルムの市場性に対する確信を深めていった。そして4月からチームリーダーに就任した小川は、関係者との合議の末、イオン伝導性フィルムの先行事業化へ向け、大きく舵を切ることを決断したのである。

※過去所属していた部署名については当時のものを使用しています