執行役員 吸水性樹脂事業部長
野田 和宏 氏
姫路製造所のアクリル酸プラント
日本触媒のコアビジネスである高吸水性樹脂(SAP)は、原料のアクリル酸とともに同社のアクリルチェーン全体の成長の原動力の役割を果たしている。「新増設計画を検討していない年はない」と語る野田和宏・執行役員吸水性樹脂事業部長は、SAPのグローバルな新増設計画作りに日々奔走している。紙おむつなどに使用されるSAPの世界需要は2018年で約290万トン。年率5〜7%で成長を続けているため、「毎年、年産15万トン程度の設備を誰かが建設しなければ需要に追いつかない」(野田事業部長)からだ。
70年に原料のアクリル酸を企業化した日本触媒は、その誘導品の開発を推し進めた。「当時、アクリル酸エステルはまだ炭素数の高い高級エステルの需要がなく、(低級エステルの)メチルエステルがカーペットなどのアクリル織物向けやなめし皮に伸びている程度だった」(同)。70年代を通じて有望な誘導品を模索した日本触媒は、試行錯誤のなかでアクリル酸系ポリマーの開発を進めた。72年には低分子タイプのポリアクリル酸系樹脂・アクアリックL、その後、高分子タイプのアクアリックHを開発、水溶性ポリマーとして洗剤原料、水処理用などとして用途を開拓した。「これが高吸水性樹脂の開発につながることになる」(同)。
ポリアクリル酸ナトリウムは親水性の高いポリマーで、その分子を架橋すると吸水性を示した。これを見いだした日本触媒の研究陣は、紙おむつ向けのSAPとしての将来性を見抜き、高い吸水性と紙おむつ向けに適した性能を持つ樹脂にするための技術改良を進めた。この結果、「表面架橋技術と画期的な重合技術の開発に成功」(同)、83年には姫路製造所に年産1000トンのSAP製造設備を完成させた。
日本触媒のアクリル酸/SAP拠点
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アクリル酸 |
SAP |
日本 |
540 |
370 |
米国 |
60 |
60 |
ベルギー 〃 (2018年完成) |
100 |
60 100 |
中国 |
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30 |
シンガポール |
40 |
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インドネシア |
140 |
90 |
合計 |
880 |
710 |
(1,000 t/y)
吸水性を持つ樹脂は、すでに女性用の生理用品などに使用されていたが、「採用されていた樹脂は、でんぷん系、セルロース系、ポリアクリル酸系、ポバール系などさまざまだった」(同)。こうしたなかで、日本触媒が開発したポリアクリル酸ナトリウム系のSAPは、紙おむつ用として急成長していくことになる。
その背景として、日本触媒の技術優位性や原料アクリル酸を持つコスト優位性、さらには紙おむつが世界的な普及期にあったことなどが挙げられる。とくに「ある衛生・家庭用品の大手グローバルメーカーとの出会い」(同)が、日本触媒のSAPを紙おむつ向けのグローバル・スタンダード化を牽引した。
SAPは通常の水なら自重の100〜1000倍の吸水力を持つ。ただし、大量の尿を効率良く吸収し、人の体重がかかっても保持し続けるなどの性能が必要な紙おむつ向けのSAPはハードルが高かった。「吸水倍率、吸水スピード、重量に耐える樹脂の強度のほか、液を一カ所でなく拡散して吸収する性能などのバランスが重要であった」(同)。
そうしたなかで出会った大手需要家は、日本触媒のSAPの圧倒的な性能を認め、大量供給の契約を求めてきた。このため日本触媒は、「当時、世界需要は数千トン程度だったが、姫路に年産1万トン設備を建設し、さらに同設備を間もなく3万トンまで増設した」(同)。
その後日本触媒は、世界的な紙おむつ需要の拡大を背景に、姫路でアクリル酸およびSAPの段階的な能力増強を推進する一方で、海外拠点の設置にも邁進していく。欧米では、88年に米国に初の海外拠点(現ニッポンショクバイ・アメリカ・インダストリース)を設立、99年にはベルギーにニッポンショクバイ・ヨーロッパを設立した。また、アジアでは96年にインドネシア、98年にシンガポール、03年に中国に進出した。このうちベルギーでは今年、アクリル酸およびSAPでそれぞれ年産10万トンの新設備を完成させる。これによりSAPの生産能力は世界合計で年産71万トンとなり、名実ともに世界トップとなる。
先進国から新興国へと広がった紙おむつの世界需要は今後さらに拡大していく。これと連動して拡大するSAPの需要に対応するため、日本触媒は今後もグローバル展開を推進していく方針だ。「原料のプロピレンやアクリル酸の確保が条件となるが、その国、地域の需要が伸びて、プラントを建設する市場規模に達したら建てていく。インド、中東・アフリカなどの地域も視野に入れている」(同)。
用語解説
ポリアクリル酸ナトリウム/高吸水性樹脂(SAP)
SAPの吸水状況
アクリル酸をカ性ソーダで中和し重合して得るポリアクリル酸ナトリウム(ソーダ)は、親水性のカルボキシル基を多数持つ水溶性のポリマーで、洗剤原料、顔料分散剤、繊維処理剤、水処理剤、医薬添加剤、食品添加物などに利用される。さらにポリアクリル酸ナトリウムを架橋して網目構造を持たせたものが高吸水性樹脂(SAP)で、内部に水分子を取り込んでゲル化することで多量の水を吸収・保持する。紙おむつ向けのほか保冷剤、生理用品、止水剤などに使用される。